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第25話 失くした約束

Author: 文月 澪
last update Huling Na-update: 2025-07-29 16:00:06
 いきなり叫んだ俺に、伊吹は驚き、ぽかんとしている。

「……いや、ごめん。え……っと、新堂さん、でいい?」

 それでも、俺に合わせようと、言い直してくれた。

 なのに、俺は自分の言葉が理解できていない。

(なんで……俺は怒ったんだ? 伊吹が『凜ちゃん』って言ったから……?)

 ズキズキと痛む頭を押さえ、俺は壁に寄りかかった。変な汗が噴き出て、シャツが張り付いて気持ち悪い。

 別に、アイツは俺のものじゃないし、そんな感情もない。アイツはただの標的で、俺の、俺の……。

「なんだよこれ……頭痛ぇし、訳分かんねぇよ……」

 うずくまる俺に伊吹が駆け寄り、心配そうに覗き込んでくる。

「おい、マジで顔色ヤバいぞ。保健室に戻ろう。まだ榊いんだろ」

 徐々に遠くなっていく声に応えることもできず、俺は意識を手放した。

 気が付くと、周囲は真っ白な霧に覆われている。少し歩くと、小さな遊び場に出た。周りにはスモックを着た子供が大勢いる。その中でひとりだけ、輝いている子が俺の袖を引っ張っていた。

「ゆうちゃん、あそぼ」

 舌っ足らずな声で呼ぶ名前は、ひどく甘い響きを持っていて、脳が痺れるような感覚に陥る。あまりに眩しくて、顔はよく見えないが笑っていることだけは何故か分かった。

 その手を取ると、自分も小さくなっていることに気付く。周りを見渡すと、見覚えのある遊具が点在していた。

 ここは、通っていた幼稚園だ。

 卒園してからは足も遠のき、一度も行っていない。それなのに、風景は鮮やかに色を取り戻していく。

「ゆうちゃん?」

 呼ばれて振り返ると、あの子がいた。

 ひとつ下の女の子だ。

 俺が年長の時に引っ越してきてから、ずっと一緒だった。卒園してから、泣いていないかと心配したっけ。

 たった1年一緒だっただけの子なのに、俺はその子が好きだったんだ。

「――ちゃん、ボクのお嫁さんになってよ」

 俺の口が勝手にしゃべり出す。

 女の子は、少し照れながらも頷いて、手をきつく結ぶ。

 短い黒髪が風に流れて、甘い香りが辺りに広がった。

 その香りは――今も傍にある。
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